[感想]抗うつ薬は本当に効くのか - アービング・カーシュ



抗うつ薬は本当に効くのか - アービング・カーシュ



プラセボ(偽薬)と抗うつ薬についての分析研究を行ったアービング・カーシュさんの本。

処方されている抗うつ薬も、その効能の大部分がプラセボ効果だ、というびっくりな内容です。






何故読んだか


以前読んだ強迫性障害の本「不安でたまらない人たちへ―やっかいで病的な癖を治す」のなかで、色々な治療法の一つとして抗うつ薬についても書いてあったのですが、そのなかで、「そんなに有効性がないけど、少し助けになるよ」ってなことが書いてあり、

抗うつ薬って……効果ないんだ?

と、その後Wikipediaで調べてみましたら、プラセボ対照試験から、実はあんまりプラセボと変わりないという旨が書いてありました。そこで、プラセボと抗うつ薬の研究にアービング・カーシュさんの名があったんです。

アービング・カーシュ - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A5

反応予測理論
カーシュの反応予測理論(Response Expectancy Theory)は、人々の体験は、彼らが体験についてどんな予測をしているかによって部分的に決定されるという考えに基づいている。カーシュによれば、これは偽薬効果と催眠の背後に横たわる効果である。この理論は、主観と生理の両方の反応を、人々の予測を変えることによって変容させることができることを示している研究に支えられている。同理論は痛み、抑うつ、不安障害、ぜんそく、依存症、心因性の疾患を理解するために応用されている。(Wikipediaより)



最近、脳と意識と心身症や変性意識などについて色々気になっていたところに、上記のカーシュさんの反応予測理論をwikiで読んだときに、かなり気になったので、この本を買ってみました。



本の内容


前半は主に、抗うつ薬に効果がないと証明した研究の解説と、寄せられたたくさんの反論に対する回答、そしてモノアミン仮説の根拠となった研究のひとつが否定されてしまった現状から、モノアミン仮説には信憑性がないという話です。

研究の説明とかは、論理的なのだと思いますが読みにくくて、やや読み飛ばしました…。抗うつ薬を支持する人には、このような細かい論理的な説明が必要なのでしょう。

モノアミン仮説は、よくうつ病のことを調べると出てきますけど、いかにもまことしやかに書いてあったのに…ええ~っ。否定されてたんかい…知らんかったぞ!!ってなりました…。

化学的不均衡 - Wikipedia
化学的不均衡(かがくてきふきんこう、chemical imbalance)は精神障害の原因に関する一つの仮説である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%96%E5%AD%A6%E7%9A%84%E4%B8%8D%E5%9D%87%E8%A1%A1



まあよく考えると、たしかに「仮説である」って書いてありますからね…。

中盤から、プラセボの効果の程、実験結果などについての話になって面白かったです。
終盤は、抗うつ薬でなければどのような治療法がいいかについて、提案しています。結論としては、認知行動療法が副作用がなく効果が高いとしています。そういうことは、ネットにもよく書いてあったので、そのへんは、驚きはなかったです。

認知行動療法以外にも、運動療法も効果が上がっているし、なんならヨーロッパの漢方薬みたいなものでもいいかもよって軽く紹介もされています。抗うつ薬は明らかな(ときには深刻な)副作用が多いけど、それはほぼプラシーボの効果なので、副作用が少ない別の薬や療法でも同じ効果が出るんで、それならば、副作用が少ないほうでも効く(体にあっている)と思うものがあるなら、試してみてはどうですか?っていうことです。


ただし、※現在抗うつ薬を服用している方は、いきなり服用をやめてはいけません!※と、注意が促されていました。
突然やめると、それによって副作用が起こることがあるそうです。だんだん切り替えがいいみたいですよ。

それに私がこの本を読んだ感想としては、「効果を実感していて、副作用に困っていないなら、抗うつ薬でもいい」ってことだと思いました。プラシーボで大きな効果が出る限り、絶対この治療法がいいっていう結論は出ないんじゃないでしょうか。






抗うつ薬は本当に効くのか - アービング・カーシュ














以下は、感想というよりも、つれづれなるままに 考えたことをずらずらと垂れ流してしまっただけのログです。
いろんな話が混ざっており、この本についての話だけではないんでご注意下さい!
また、以下に羅列してあるのは単なる私の個人的な意見です。









プラシーボと体と心の関係


カーシュさんによるといろんなプラシーボ試験からわかったことは、うつ病では実にさまざまなお薬が同じくらい効果が出て、それはたぶんプラシーボの効果だからだ、というわけです。ただ難しいのは、それが「偽薬」(実際薬効はない)と本人が知ると効果が薄れるということ。また、副作用があると信じ込めば、副作用がない薬を服用しても副作用が出てしまうこと(ノーシーボ効果)。

いったいそれじゃあ、プラシーボとノーシーボを起こすものは何なんだ???

カーシュさんは上記引用の通り「反応予測理論」という考え方をしているようですが、この本では反応予測理論についてはそれほど詳しく触れられていません。あくまで、抗うつ薬とうつ病の治療についてが議題だからだと思います。が、私はもっと反応予測理論について知りたかったな~…。
脳と体とプラシーボの関係も一瞬軽くしか触れられてなかったので、あんまり深くわかりませんでした。
というか、まだそれは科学が解明していない分野だと思うんですけども、もっと情報が欲しかった。

ただ、様々な実験が紹介されていて、自分でも考察する材料になります。
プラシーボとノーシーボを考えると、これはもうまったく心理学の世界だと思えてきました。

「うつ病」以外でもプラシーボ・ノーシーボは出るらしいんですね。ウルシアレルギーの被験者にウルシの葉を肌に付けてアレルギーが出るか出ないかの実験が紹介されていてとても興味深かったです。ウルシだよって言ってウルシじゃない葉をつけるとアレルギーが出るし、ウルシじゃないよって言ってウルシの葉をつけるとアレルギーが出ないという結果になったらしいです…。もうこれは肌の問題じゃなく、心理的な問題に思えるじゃないですか。 被験者が、どう思っているか、ってだけじゃないですか?

この本を読んで、「心身症」と言われるものにおいては、どうやらプラシーボ・ノーシーボ効果が大きく関わっているのではないかと思いました。たとえばアトピー性皮膚炎、喘息、過敏性腸症候群、不整脈、偏頭痛、狭心症…。私もアトピーで喘息なのですが、実際に経験上からも、たしかに心理的なものと深い関係があると実感しています。症状の隅々までが心理によるものとは言えないにしろ、心理的な影響がとても大きい、と思えます。

心身症(日本心身医学会による定義)
「身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的な因子が密接に関与。器質的ないし機能的障害がみとめられる病態をいう。神経症やうつ病など他の精神障害にともなう身体症状は除外する」(Wikipediaより)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E8%BA%AB%E7%97%87



鬱・神経症を除外するとなっていますが、同じようにプラシーボ・ノーシーボが大きく現れるってことは、根本的には同じ要素を持ってる可能性があるんじゃないかとも思えます。

Wikipediaの心身症のページで、心身症になりやすい性格の概念として「アレキシサイミア」ってのが紹介されています。これも興味深いです。

アレキシサイミア - Wikipedia
P. E. シフネオスらによって1970年代に提唱された概念で、ギリシャ語の「a:非, lexis:言葉, thymos:感情」から作られた造語である。自らの感情を自覚・認知したり表現することが不得意で、空想力・想像力に欠ける傾向のことをさす。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%9F%E3%82%A2



wikiのアレキシサイミアのページでは、心身症以外にも、身体表現性障害、アルコール依存症、摂食障害、うつ病などの精神疾患も関係してるんじゃない?みたいなことが書いてあります。
先日本で読んだ、強迫性障害もそうなんじゃないだろうか、と私は思います(wikiの解説ではアレキシサイミアは帯状回の機能低下説もあるし)。強迫性障害のひとはうつになることが多いらしいし、依存症にもなりやすいらしい。これらは全部関係しているんだろうか?

私の体感では強迫性障害になりやすい気質の人はとてもたくさんいるように思います。それが「アレキシサイミア」なのだろうか? そうだとしたら、アレルギーの人たちもそうなのかも?アレキシサイミアは遺伝か?後天的に形成されるのか?現代においてアレルギーの人が増えているとはどういうことなのか?

アレルギーなどの心身症は、本当に身の危険が迫っている時、超集中している時などは症状が起きない・消えるという話も聞いたことがあるんですが、それも体感的に分かる気がするんですよね。私の場合、アトピーの発作的症状って、むしろ帰宅してほっとしたときに起きてくる。むしろ、余裕があるときに起きてるんじゃないだろうか?と。
現代においてアレルギー体質が増えているのは、アレルギーが広く認知されたことによるノーシーボ効果と、アレルギーを発症できるような余裕のある環境、そして常時ストレスにさらされる現代社会と、そして気質との総合的な効果によるんじゃないだろうか?とも思いました。

しかし、アレキシサイミアの説明で、「空想力・想像力に欠ける傾向」とあるのは、ちょっと疑問というか、誤謬というか、そんな気がするな~。私、妄想力だけは自信ありますからね!!えっへん。 これはたぶん、表現が間違ってるだけかもしれません。「自らの感情や状況についての自由な想像力に欠ける」ということかもしれません。
私の実感として、強迫性障害の強迫観念は、自らの状況(未来)に対して想像される様々のうちから、特に自分に危険が及びそうなもの(あるいはその経験があったもの)に固定されて起きている気がするのです。 私の周囲の強迫性障害の人はむしろ想像力に優れています。むしろ想像力がすばらしくあって、故にあらゆる可能性を瞬時に想像できて、そのうちで不安なものを選び取り、縛られているようにみえるんですよね。
強迫性障害気質、あるいはアレキシサイミアにおいて欠けているのは、想像力ではなく、縛られた自分の考えに気づく力、メタ認知能力ではないかと思えます。ただ、メタ認知能力が欠けている人すべてがアレキシサイミアなのではなくて、むしろ先読み的な想像力が強い人で、メタ認知能力が欠けているとアレキシサイミアなのではないかと…。
カーシュさんの予測反応理論をもっといえば、想像力が、予測を立てて、プラシーボ効果も生んでいるのではないかと。

メタ認知 - 脳科学辞典
自己の認知活動(知覚、情動、記憶、思考など)を客観的に捉え評価した上で制御することである。「認知を認知する」 (cognition about cognition) 、あるいは「知っていることを知っている」(knowing about knowing) ことを意味する。またそれを行う心理的な能力をメタ認知能力という。
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BF%E8%AA%8D%E7%9F%A5



でもわたし、メタ認知は、「欠けている」と表現すべきものではないように思います。メタ認知は身につけていくもののように思えます。メタ認知能力を鍛えれば、心身症などに対処しやすくなるんじゃないのかな?それが、認知行動療法の中身なんじゃないのかな? 更につき詰めるとメタ認知能力って、「心頭滅却すれば火もまた涼し」っていうのに近いんじゃないのかな? プラシーボ・ノーシーボもは無意識的な認知によるもので、それが体に表れるんじゃないのかな?

哲学でデカルトの二元論とかあたりになってくるっぽいのかな? 現存する哲学・宗教ですべて説明できるわけではないにしろ… どうも、すべてが脳の中で起きているというのは、どうも違うっぽい気がする…と思えてきたこの頃です。
たしかに、認識が体に影響を及ぼしている。少なくとも、認識と体が相互作用を起こしている。けっきょく認識(意識)は、どこで起きるのかという問題に行き着くんじゃないかな~。認識が、皮膚に炎症を起こすだけでなく、脳にも炎症を起こしていると、本に書いてあった。脳にさえ炎症を起こす、脳機能を低下させる機能は、認識(意識)は、どこにあるんだろう?
でも、意識がどの場所にあるかはわからなくても、自分の意識を意識するメタ認知は身につけることができ、練習でコントロールすることが出来る! いいことです。
……しかし、どこにあるかなんなのかもまだわからない意識を、更にその上から認知するとは、そのメタ認知の主体はなんなんだろうね? 別物ではなく、それも同じ意識の持っている能力としても…。

認知と想像力の関係が気になります。認知(意識)の本質は想像力なんじゃないだろうか? 
ならばむしろ想像力の本質とはなんだろう?言語だろうか?
思考と言語のどちらが先かについて、ずっと私を悩ませるテーマです。直感的に、思考は本質的には言語によらないと私は高校のとき小論文に書いたんだけど、先生からは頭ごなしに否定されたんですよね。果たしてどちらだろう?
想像力は言語の領域に縛られるだろうか? 言語の本質が想像力だろうか? クオリアだろうか? 思考の中身はクオリアだろうか? 言語は道具にすぎないように思えるけれどどうだろうか? 翻訳をやると言語を渡る、概念のようなものがあるのを感じます。それがクオリアだろうか? クオリアがすべての源だろうか? ならばクオリアを認識するその認知力は何が源だろうか?
阿頼耶識だろうか?
大学の哲学のテスト(選択で取ってただけだったんですが)で、唯識的なことを書いたら、あんまり点数がもらえなかったんですけどね(笑)…私、哲学史全然勉強してなくていまだにさっぱりわからんので、そういうところが点数低かった理由かもしれないんですけども。しかし今になってもいろいろ考えてみると、いまは古いとされてしまった唯心論や、宗教的な考えでしか無いとされる唯識に、一理あると思われるような、つまり唯物だけで説明しきれないことが、たくさん見受けられるんじゃないかと思えます。
古典的な哲学のすべてが、間違っているといえるだろうか? 経験によって生まれている部分もあるんじゃないだろうか。科学的な手法が確立する前の経験はすべてが間違っていると断じていいんだろうか? 古典的な思想が生まれた背景には何があったのだろうか?

改めて意識とはなんだろうか? 唯心論が絶対間違いとすれば。
と、思うんです。認知は絶対物質的な、絶対実感的な、絶対的な現実である、といえるんだろうか?
私の実在・私の実感を突き詰めるとそれは位置感覚ではないかと思いました、単に私の実感ですけどもメタ認知的な。位置感覚は視覚による空間認知だけでしょうか? ここにいるという感覚・クオリアが、意識を意識としているんじゃないだろうか? 目を開いて見えるものが自分の視覚・視界であると認識しているそれが、意識の中心的なよりどころじゃないだろうか? そこにいるとおもうかぎり、夢も、意識にとっての現実ではないだろうか? 痛みも、私が痛いと感じているという私があるから痛み。私の体の痛みは私の体に私がいるから私の痛みなんじゃないのかな。痛みがあるから現実だというのは、本当にそうだろうか?
仏教のサティ、心理学のマインドフルネスは、自分の認識・知覚をメタ認知で認知している方法だと思うんですが、これによってよくよく痛みなどを認識してみると、どうも不思議に思えてきます。痛みとはほんとうに実感なんだろうか? 痛いとはなんだろうか? 本当に、痛みは私そのものだろうか? 痛みが起きていることを、私が認識しているに過ぎない。痛むお腹、それが私の実体だろうか? お腹は私にくっついている肉体、その一部、ではないだろうか?
ここにいるというクオリアはどこから起きるのか、ここにいると感じる私はなぜそこにいるのか、その主体はなんだろうか?
それは脳が起こす後付の錯覚?
ここにいると感じている臨死体験は全部錯覚だろうか?
Wikipediaの臨死体験のページはとても興味深い内容ですよ!特に「脳の機能停止(低下)状態における臨死体験」の項はどう考えればいいんでしょう。

臨死体験 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%A8%E6%AD%BB%E4%BD%93%E9%A8%93#.E8.84.B3.E5.86.85.E7.8F.BE.E8.B1.A1.E8.AA.AC.E3.81.B8.E3.81.AE.E6.89.B9.E5.88.A4



意識の研究が様々な分野にわたって総合的に行われたら、もう少し解明されるんじゃないかな。


アトピーとプラシーボ


あ、ところで、アトピーと民間療法について調べてみたんですよ。この本を読んで、たぶん、アトピーはプラシーボ効果がよく出るんだろうなと思ったので。
そしたら、アトピーに海水浴がいいというのが、調査結果でも出ているみたいで、非常に興味深く思いました。

17. アトピー性皮膚炎の民間療法 - 遠藤アレルギークリニック
http://www.atopy-endo.com/docs/manual22minkanryoho.html



「アトピーに海水浴がいい」というウワサは、かなり昔からあって、わたしも聞いたことがありましたが、様々な民間療法のなかで、一番効果を実感している人が多いというのは何故だろうか!
そのほかに温泉もいいという結果になってますが、温泉と海水浴の差はなんだろうかと考えました。

まず、「アトピーには海水浴がいい」というウワサによるプラシーボ効果があると思います。でも、それ言ったら、どくだみ茶だってプラシーボ効果がありますから同じくらいになるはずだ。温泉も、皮膚病に効く温泉っていう噂があって、患者さんは多分そういうところに行っているだろうと思います。腰痛に効く温泉にわざわざ皮膚病の湯治には行かないでしょう。だからどれも同じプラシーボ効果が出るはずだ。でも差がある。

温泉と海水浴の違いはなんだろう? それは、開放感かもしれない。ストレスの差じゃないだろうか?
「ストレス発散」なんてよく言うけど、やっぱそれ、実は心身症には大きいんじゃないだろうか?
って思ったのは、こないだ、所さんの目がテン!でバーベキューについて科学してた内容でですね…(2016年10月2日放送「科学者たちが迫る! 多摩川ミステリージャーニー」)すごかったんですよ、多摩川河川敷でBBQするのと、住宅街でBBQするので、ストレス値がびっくりするほど違う。っていうか、河川敷にいるとストレス値がほぼゼロになってた!! 半減とかならわかりますが、ほぼゼロまで減るとは! 非日常的開放感の効果と説明されてました。非日常的であることの効果かどうかは私は疑問を覚えますが、とにかく自然的な所だと減るんですねたぶんそれ。社会から距離を置くとストレス減るんだろうなと。
温泉施設と海水浴場では、そこに違いがあるんじゃないでしょうか。
地元で有名な湯治に私も一度行ったことあるんですけども、正直すごいストレス感じました…。なんかね、汚いし、人がいっぱいいるし…。
いや、海水浴場も汚い所あるし、人もいっぱいいたりしますけど、それ以上に空が広いし、海も広いよね。なんかストレス違うと思う…体感的に。それに、アトピー治そうと思って海水浴場に行く人ですから、皮膚病に効く温泉を選ぶのと同じで、綺麗で治りそうな海水浴場に行くはず、汚くてストレス感じる海水浴場を選んでは行くまいと思います。

海の水がいいっていうのは多分違うと思う。それなら塩水浴でもおなじだけよくなるとおもうし。
潮風がいいっていう説さえ聞いたことがあるんですよ! でもそんなこといったら海辺に住んでいる人はアトピーになりませんよ!
やっぱね、「海はいい…」ってことだと思うんです、気持ち的に。
潮風が気持ちいいんですよ、海が広くて、そして海水で遊ぶのも楽しいんですよ。それでいいんですよ、それ大事なんですよ。

海よ…俺の海よ…

ってことですよ、加山雄三の歌ですよ!


ああ…海行きたい。
夏の日本海サイコウ!




抗うつ薬は本当に効くのか - アービング・カーシュ

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