[感想]「あの世」からの帰還―臨死体験の医学的研究



「あの世」からの帰還―臨死体験の医学的研究

マイクル・B・セイボム



心臓のお医者さんが患者などからインタビュー調査した「臨死体験」についての研究の本です。
非常に懐疑的な立場から研究を開始していて、件数は100件程度と少なめながら、科学的な手法で分析されています。





臨死体験・幽体離脱っていうやつ


転生した子どもたち―ヴァージニア大学・40年の「前世」研究」を読むまでは、私は心霊現象に非常に懐疑的な考えを持っていました。魂の実在も、ん~?そのような考えが多くの宗教に普遍的で、その理屈も分かるけど、ん~?どのように現実に組み込んで考えればいいのか?と思っていました。
が、アレを読んでからは、なるほどどうやら、人間の意識は脳にだけあるってのは、怪しい話だ、ということに気づきました。いろいろと調べていくと、幽体離脱(体外離脱)っていうやつは、生まれ変わりの話と密接な関係がありそうに思いました。「転生した子どもたち」の中では、前世の記憶として、死んでからもしばらく現場にいた、といった証言がいくつか出てきてたし。

私なりに考えるには、やはり魂的なものと肉体との相互関係、二元論のほうが、様々なことをわかりやすく説明できると、思いました。生まれ変わりとか、胎内記憶、幽体離脱、心霊現象、超能力など、オカルト的な、と言われるようなことが、うまく説明できそうです。さらに、プラシーボ効果、アレルギーなどの心身症も、説明できそうに思われる。
ということで、色々と科学的に研究されているものを更に詳しく読んでみようと思いました。

この本の著者セイボムさんは、心臓のお医者さんという立場上、心肺停止→蘇生という患者さんに多くインタビューしています。ほんとに、体はほぼ死んでた、という人を調べています。結果としては、全員がではないが、かなり多く、よくある、というくらいの頻度で、体はほぼ死んでたのに、何かを見たりといった体験をしているということがわかったそうです。噂に聞いてたけど、こういった臨死体験には定型のようなものがあり、生まれ・暮らしが違う人でもみんなだいたい似たような体験をするという結果になっています。

一番興味深いのは、よくあるレベルで起きてるってことじゃないでしょうか。つまり、私も、ほぼ死んだみたいな状態になったら見る可能性はかなり高い、ってことですよね。もしも周りにも、心臓発作などでほぼ死んでたっていう状態になった人がいたら、同じような体験をしている可能性がかなり高い、身近にある、ってことですよね。
実は、父にこの話をしたら、自分も2~3回は体外離脱を体験していると言い出しました(笑)が、多分本当だろうと思います。自分も体験してみないと、なんとも言えないけど、これだけデータが有って、家族にもいるとなると、やはり高頻度にあるんじゃないでしょうか。

ただし、この本でも、それがいったい何故起きる、何なのか??については軽く触れるにとどまっています。



内容について


著者がなぜこの研究を始めたか、と言う話から紹介されています。もともと、臨死体験なんてまったく信じていなかったのだけど、そういう本についての講演をするため、お医者さんとして協力してほしいと言われて、いやいや、信じてないし、ムリ!と何度も断ったのに熱心に頼まれたので、仕方なくバックデータとして聞き取りを始めたとのこと。「臨死体験なんて実際は誰もしてない」という結論を出したかったらしいのですが、それが逆の結果になったということだそうです。

かなり細かく分析していて、調査結果のデータが巻末に掲載されてます、まるで論文みたいです。
本文は、印象的なインタビューの内容を多数引用してあって、文章的には比較的読みやすいです。構成自体は、論文のごとく、整然と分析的なので、ちょっと戸惑いますが。残念だったのは、各人のインタビュー全文が掲載されてなかったことですが…それを掲載したらもっとすごい分厚くなってしまいますね。でも読みたかったです。ただ、それはおそらく研究結果報告上必要ないため掲載していないだけであり、隠蔽しているとかではなく、必要な情報はきちんと掲載されています。

結果として、臨死体験は結構な頻度で起きていて、体験をする人には特に傾向があるわけではなく、その臨死体験は似通った3つくらいのタイプ(というか場面)があるようだ、ということでした。自分が天井あたりから見ている場面、暗闇を移動していく場面、素晴らしい世界に行って霊的存在に会ったりする場面。

意識を失っているのに、体の上から手術や処置の詳細を視覚的に認知していたというやつですが、普通の患者が知らないような機械の針の動きやなんかまで詳細に見て説明してたりする人がいました。あと、廊下にいた家族の様子を見たとか。ちなみにうちの父も、倒れた時とか手術のときに上から見ているような体験をしたと言っていました。

あとウワサには聞いたことあるんですけども、お花畑とか三途の川とか、川の向こうに死んだ家族がいて…とかなんとかっていうね。三途の川って、日本的だよね。もともと持っているイメージが反映されてるのかな?と思っていましたが… セイボムさんの調査でも、川が出てくるものがあったみたいです。川ではなく柵だったり門だったり扉だったりした人も多かったみたいですが、でも、たしかに、全体的に似たような内容なんですね、なんか最高にきれいな所で、誰かに会った…っていう。

この本の刊行は1982年で、「臨死体験」みたいなのがブームになり始めた頃だったみたいです。なのでセイボムさんがインタビューした患者さんたちは、まだあまり臨死体験というもののウワサを知らない人が多く「臨死体験なんて聞いたことなかった」とか、「ちらっと聞いたことあるけど、ぜってーインチキって思ってた」とか、「体験しなければ、間違いなく信じてなかった」とか… 自ら思い込みで臨死体験を起こした(自己暗示にかかった)とは思えないような状況だったようです。

終盤で多くの反論についても検証しています。やはり、かなりいろんな批判・反論があったようですね。エンドルフィンによるものではないかとか、心理的な作用によるものではないかとか、脳が酸欠など一定の状態になると起る既知の現象ではないかなど。とても真摯に、検証されています。
他の可能性との大きな違いは、体験した人が感じている、とても明瞭で整然とした認識と強い現実感、でしょうか。絶対に夢ではない、信じがたい現象だが、現実だったことだけは間違いない、とみんな異口同音に答えているようです。

素晴らしいことだと思ったのは、セイボムさんはお医者さんなので、これほど頻繁にあるらしい臨死体験というものの存在を、どのように医療現場で活かすか、あるいは臨死体験の結果が患者の健康にいい面だけでなく、悪い面ももたらすのではないかってことまで考えているところです。
臨死体験をした人は「死ぬことは怖くなくむしろ素晴らしいことだと分かった」と言い、死への恐怖がなくなるということが分析から分かったようです。一方で、死期が近いと自ら語った人が健康に問題なさそうなのに24時間以内に死亡することが多いという調査結果や、他で行われた動物実験なども兼ね合わせいろいろ考察すると、死ぬということは、意識がそのスイッチを握っているのではないか、「あ、もうだめだな」って思うとスイッチをオフにするので体が死ぬのかも とセイボムさんは考えているようです。すると、臨死体験をした人は、生命への執着がないため、このスイッチを切りやすくなっちゃってるんじゃないだろうか?次に瀕死になったら彼らはあっさりと生命を手放しちゃうんじゃないか?とセイボムさんは心配しています。そこまで心配してくれるなんて、素晴らしい先生だな…と思いました。本人が、死んでも幸せですって言って死ぬならなんかもうそれでもいい気がするんだけどな。お医者さんってやっぱり特別な使命感を持っている人なんでしょうね。

あと、信仰に目覚めたり、ボランティア活動をしたりと、その後の生き方を変える人が多いらしいです。興味深いですね。
自分も臨死体験したら、立派になれるのかな?!!
と思いました、正直…。



伝統的な価値観?伝統的な信仰?


見えないものについての結論は、今の科学は下せないのだから、やっぱり自分で調べて自分がどう判断するかってことになるんでしょうね。科学を待ってたって仕方ない、ってことが分かってきた気がします。
科学は万能ではないし、まして究極でも完全でもない。それなのに「科学でしか語れない」という この状況にこそ偏りがあると思う…

でもな? 意外と、心霊現象や幽体離脱や占いとかそういうのを直感的に信じている人って多いんですね?
私はものすごく懐疑的で、とても信じられない…おそらくウソをついているわけじゃないのは分かるが、誤解や錯覚や心理的作用によるものであり、そういうものは絶対実在しない!だってこの目で見たこと無いからな!と思っていました。
しかし、生まれ変わりや体外離脱についてこういう科学的な研究があって…と、紹介すると、「やっぱあると思ったよ」って言う人も多い…。
霊的なものについての伝統的な価値観が浸透しているということなのでしょうか??
それとも実は直感的に分かっているんでしょうか。

そういえば、死後の世界の実在は多くの宗教で共通ですね。
輪廻転生は、キリスト教などでは否定されるようですが、キリスト教でも体が死んだ後 魂がそのままの形で死後の世界(天国)に行くっていうのはあるんですね。この調査対象になった患者さんたちも、キリスト教徒が多いようですが、イエスに会ったり、死んだ人に会ったりという経験を宗教的に自然に受け入れていたようです。

「魂が死後の世界に行く」という信仰が生まれたのは、臨死体験があったせいなんでしょうか?
これほどよく見られるなら、そういう経験から生まれた信仰のようにも思えてきました。
臨死体験の真実・機序がなんであれ。




「あの世」からの帰還―臨死体験の医学的研究

マイクル・B・セイボム




笠原さんのあとがきについて


訳者は笠原敏雄さん。こういった系統の本をたくさん翻訳している方で、こないだ読んだ「転生した子どもたち―ヴァージニア大学・40年の「前世」研究」の訳も笠原さんでした。「転生した子どもたち」では、転生が超能力であるかという可能性もごく真面目に検証していて、それを読んで、へえ~超能力って真面目に研究されている分野なんだ!って初めて知り、いろいろネットで調べてみました。
笠原さんも、超心理学者であり、超心理学について紹介しているホームページを開設しておられるようです。

心の研究室
http://www.02.246.ne.jp/~kasahara/



この本「「あの世」からの帰還」のあとがきでは、笠原さん独自の心理的な治療法についても結構語られていました。
ホームページでも詳しく語られていますが、笠原さんの「幸福否定」という理論、面白いです。それをよんで色々考えてみると、確かに、幸福を回避する・嬉しい感情に対して生じる抵抗というのがあるように思われます。というかあらゆる感情に対して、人は大なり小なり抵抗を生ずるのではないかと思いますが、良い感情に対しても抵抗を生じているということが、認識の穴だったということかもしれません。

しかし、私の体感的には、感情の演技に対して起きる「反応」は、すべて感情への抵抗ということではないんじゃないかな?と思っています。異様な強さで眠気がさすのは、心理的な抵抗による・ウソを正当化するためではないかと笠原さんがおっしゃってるんですけども、私の経験上、想像力をフルに働かせると眠くなります。感情の演技というのは、演技と言いつつ、実際に感情を変化させることであり、想像力をフル活用しなきゃいけない大変な作業だから(そうは思えないかもしれないけど大変だと思う)、眠くなるんじゃないかな?と私は思っています。


実はかなり前から私の中で疑問だったことのひとつが、「空想力を働かせると眠くなるのはなぜか?」ということでした。
私は文章を書くとき(あと、難しい本を読む時ね)にそれを体感していたので、言語的な脳の部位が副交感神経と密接なつながりがあるということだろうかと推測していたんですけれども、最近はそうじゃない気がしています。それはわたしがたまたま文章を書いてたから誤解しただけで、実は「想像力を働かせると眠くなる」ってことだったんじゃないかと。
いわゆるヨガというやつで瞑想するのありますよね、ケータイのアプリにも今は無料でそういうのがあるんで、あれ、試してみたら寝ちゃうんですよね。レビューでもみんな5分で寝る!と書いてありました。あれは自律訓練法をベースにしてるかんじですが、自律訓練法は自己催眠の方法らしいです。つまり、催眠なんだ。
催眠・変性意識は、眠りと近い場所にあるものなんだ。そのとき、想像力が働くんだ。運動的な神経を弱めて想像力をフルに働かせると、変性意識状態になるんだ、ってことじゃないかな。
難しい本を読む時に眠くなるのはなぜか、というのを調べると、脳が拒否するからという説がよく出てくるんですが、そうかなあ、なんか違う気がしてるんですよね。わかろうとして、想像力を働かせるからじゃないのかな。

このごろ思うに、想像力って、なんか、私が今まで理解していた言葉の意味とは違うんじゃないかと思っています。空想というような、地に足の付かない子供の遊びのような言い方で軽視されるべきものじゃないんじゃないかな。あらゆるものが、想像力によって認知されているんじゃないか。むしろ、人間の知覚の本質は想像力なのではないか、と、思うこの頃なのです。真の認知力を働かせる時、変性意識になるのではないかと。
さいきんの睡眠学習の研究によると、寝ながら勉強ではなく、寝る前に復習するといいらしいですね。変性意識に近い状態のときに復習するせいじゃないだろうか? 情報を想像力が最も働く状態で統合して記憶するんじゃないだろうか。

ずっと以前から経験的に、私はシュルレアリスムに共鳴するところがあるんです(鑑賞するのが好きってことではなく、表現方法として共鳴する)。シュルレアリスムが目指すところは本当は眠りの中ではなく、変性意識状態での表現だと思うのです、変性意識状態での認知が現実を超えて現実(超現実)であるから、ということ、すごくよく分かるんですよね。私もなんかね、そうだと思っているんです。言語に支配された意識の状態は、真の現実の一部しか捉えきれていないといつも思っていた。しかし最近考えているには、それは、「言語に」ではなくて、「五感に」ってことだったのかもしれない…。それにしたって、言葉は不完全で不器用な道具ですよ!だから面白いんですけどね!

と つれづれと話がそれてしまった…。




あ、ところでね! 患者さんのインタビューで、「訛り」も訳されてて面白かったです。
私が読んだのは新版ではなく旧版(表紙デザインが異なる)だったようなので、新しいのも同じようになまってかいてあるかわかりませんが。なまっている人は、関西弁?(わたし東北人なので、言い回しで具体的にどこの方言なのかはわかりませんでしたが)で訳されていました。親近感がわくというか、リアルな感じがすると言うか、すごくいい感じでした。あんまり、こういうふうに…小説じゃないのに訛りまで訳されている本って少ない気がするので、とても好感でした。
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