[感想]才能の見つけ方 天才の育て方~アメリカ ギフテッド教育最先端に学ぶ



才能の見つけ方 天才の育て方~アメリカ ギフテッド教育最先端に学ぶ
著:石角 友愛



ギフテッドとは、先天的な才能を持った人のこと…らしいのですが…
この本を読んでも、一体ギフテッドとは何なのか…ということは結局よくわかりませんでした。

わかんないけど、わたしはとにかく、ギフテッドとは「天才」のことではない、と思います。
この本に「育て方」とあるように、たしかに、育て方次第で「天才」になる人もいるとは思いますけどね~。


この本は、親の視点から見たギフテッドの特徴と育て方を、アメリカでの教育を中心に解説しています。
ギフテッドの子供を持つ親御さんには、おすすめの本だと思います。






ちょっとたまたまの手違いでWikipediaで「ギフテッド」の項目を読んでいたら、びっくりしたのです。
あれ…うちの家系は、なんかこれっぽいような…。

というわけで、ギフテッドのことを調べてみることにしたんですが、日本ではあまり注目されていないのか、ギフテッドとは何かについての詳しい本はあんまりないみたいですね…。


ギフテッドとは何か



ギフテッド - Wikipedia
先天的に、平均よりも、顕著に高度な知的能力を持っている人のこと。または、先天的に、平均よりも、顕著に高度な知的能力を指す。 1993年、アメリカ教育省は、ギフテッドを「ギフテッドとは、同世代の子供と比較して、並外れた成果を出せる程、突出した才能を持つ子供のことである。」と定義している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%95%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%89



Wikipediaに最初に上記のように書いてありますが、もっと下の方を読んでいくと、結局のところよくわからないです(笑) 様々な面があり混沌としていて、定義も曖昧で、中身もホントは色んな種類があるんでは? 本質的にギフテッドが何なのかが解明されていないし、診断もうまくできないので、結局何なのかわからない、ってかんじなのだな、と理解しました(笑)

しかし、特徴とか、ネットにあるチェックリストを見ると、どうも私と、うちの家系はこれだなあ…と思ったんですよね。下記サイトさんに多くのチェック項目が掲載されています。

「ギフテッド」特徴 42のチェックリスト: カナダアルバータ協会より
 - 元国連職員でカウンセラー・セラピスト 大仲千華のサイト * Peace Blossom *
https://chikaonaka.com/2015/08/06/%E3%80%8C%E3%82%AE%E3%83%95%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%89%E3%80%8D%E3%81%AE%E5%AD%90%E3%81%A9%E3%82%82%E9%81%94%E3%81%AE10%E3%81%AE%E7%89%B9%E5%BE%B4/



ギフテッドとは何か…その表面的な特徴については、このチェック項目がその答えになるのだと思います。子供のうちはとくに特徴がよく見えるのでわかりやすいようです。大人と遊ぶのを好み、想像力があって、いろんなことに関心を持つ、ってかんじかな?

なお、この本の著者石角さんは、ギフテッドは「未訓練かつ自発的に」才能を発揮するという特徴に着目しています。

まあそういうもんだとして、
しかし、いったいこれは何なのだろう?? いったい何によってこうなってるんだろう??と、私はそこが気になります。

Wikipediaでは、ドンブロフスキさんのOE(Overexcitabilities、過度激動)という理論が関係しているのではというようなことが示唆されています。なるほど、でも本当にOEだけが、ギフテッドの本質なのかな。OEの起きている何らかの原因があるんではないのかな? その原因は何なのだろう???
……私が調べた範囲では結局、わかりませんでした。

この本では、高IQの子供は前頭前皮質が薄いという研究結果をちらっと挙げていますが、それはIQの高い子供のことであり、=ギフテッドのことではないので、なんともいえないところだと思います。ギフテッドの正確な選別方法もわからない現状では、研究は難しいんだろうとは思います。しかし遺伝的なものであるということは、器質的なものである可能性は高い気がしますね。



ギフテッドを育てる方法


この本では、ギフテッドの子供を持つ親が、どのような教育をしたらいいんだろうということが書いてあります。親御さん向けの本です。
日本ではギフテッド自体認知度が低く、それに対する教育もほとんど整備されていないみたいですが、アメリカでは結構進んでいて、こんなふうにやっていますよ、っていうのが色々紹介されています…が、後半のほうです。
なお前半は、ギフテッドとは何か、ギフテッドを育てる意義(というか、放っておくリスク)、アメリカの教育の歴史(スプートニクショックがどうの)とか…、そんなはなしです。正直、読み飛ばしました★

後半、ギフテッド専門の学校の教育の様子、親の教育の心構え、ホームスクール、そして日本でギフテッド教育を実践する場合のおすすめの方法が書いてあります。後半はかなり、ためになると思います。
ギフテッドに対する教育というだけでなく、すべての子供に対する教育で、そういう方法や選択肢があるという参考になるんじゃないでしょうか。

特に私は、「ホームスクール」というのは、なるほどと思いました。学校に行かないで家が学校がわりというやつです。
さらに急進的な、「アンスクーリング」と言う方法がもっと興味深いです。これはもう、「先生がいない・授業がない」という方法です。自分が何を学びたいか考え、自分で計画して自分で調べ、自分で勉強するっていう方法です。私にはむしろとても効率的に思われました。
日本では義務教育があるので、完全なアンスクーリングというのはできそうにないみたいですが、「週末にやってみるのはいかがですか?」と提案されています。いま学校って土曜日が休みなんですよね。土曜日にやってみるにはうってつけだと思います。そのときにどんな用意をしたらいいのかということについても、結構たくさんアドバイスが書いてありますよ。

一言で言うと、興味関心から自発的に、想像力を育てる学習法って感じがします。
ギフテッドに限らず、すべての子供たちがこういう学習をする機会があるといいのではないかと思います。



視覚型・聴覚型


認知には、視覚優位型と聴覚優位型があるんだそうです。この本にはギフテッドとの具体的な関係性は書いていないんですが…視覚優位型の人は包括的な理解・関係性による理解を好むみたいです。私が観察した所のギフテッドの特徴は視覚優位型に当てはまると思います。

確かに、私の中で 物事はよく考えれば、視覚的に認知されている…という気がします。というか、言語の実体とは、視覚ではないだろうか?とこの頃考えていたくらいなので…。
聴覚優位と言う世界が逆に私にはわからないのかもしれません…。

学校の教育法は、聴覚型の人に合っているらしいです。そして、聴覚型の教育に合っている人は調査では30%程度だったらしいです。つまり、視覚型の教育に合っている人は60%程度で、こっちのほうが多数なのに、学校の教育は少数派向けってことなのでしょうか…。 なぜそうなった…。

視覚型の人に合った教育とは、概念全体を絵で見せ、それから細部を見ていく方法っぽいです。ぜひ、そういう教育法を学校でやっていただきたいですね~…。そっちのほうがわかると思います!












以下は、ギフテッドについて自分で考えてみた話です。







改めて、ギフテッドとは何かを、自分で考えてみた


Wikipediaに載っていた特徴を読んだ上で、更に私と家族の特徴から、ギフテッドの特徴ではないかと思われることについて適当に挙げて見ようと思います。


・なんで?と聞きまくる、どうしてだろう?と考える→「そうか、わかった!」が口癖
・少ない情報から素早く全体を推測して把握する
・既知の・または予想できる情報を嫌う
・その予想がハズレた場合は興味を持って検討する
・理解したら、すぐに興味がなくなる・飽きる・退屈する(熱しやすく冷めやすい)
・無意味に繰り返す(新情報がない)ことが、すごく嫌い
・なので、結果的に、練習をせず、熟達しない
・全体的に面倒くさがり
・ものごとを関連付けによって理解し記憶する、何もかも関連付けることを求める
・一個のものを理解する時、あえて同種の複数のものを包括的に支配する法則・概念によって理解しようとする、そうすることが好き
・関連付けられない孤立した情報(数字の羅列など)が苦手で、意味やイメージで記憶する
・音楽・歌が子供の頃から好きで、鑑賞力がある
・一個のことに集中するのが苦手で、2~3個のことを同時並行で行わないでいられない(私の場合はテレビを見るためには絵を書いたりケータイいじったり塗り絵したりせずにいられない)
・でも、一個のことに過集中することもある。そして激しく疲労する
・耳や鼻などがよく、敏感
・感受性・共感性が強く、相手に遠慮したり、周囲の目を気にする、涙もろかったりする
・過去や未来のことにやたら考えを巡らせる、このため心配性になる・悲観的
・いろいろと神経質で、強迫神経症になりやすい気質
・一人で議論を展開する(相槌だけ打ってもらえればいい)、話しながら思考をどんどん展開させる、一人で興奮し、一人で納得する
・自分個人が社会的に必要なことよりも、社会科学・哲学などの普遍的な概念のことに集中してしまう
・小さいうちから仲間内で仕切り屋になる
・物語、想像・空想が好き



こういうことを総合して考えるに、私はこれは、知的好奇心と想像力が強いということじゃないかと思っています。推察力といいますけど、それって想像力の一種だろうと思うし。
自分はやたら耳が良いと思っていたんですが(聞きたくないことも聞こえる)、これって、聴覚の良さではなくて、部分的に聞こえたことから推測する想像力が強いだけかもしれないです。
過度激動ってのは、感受性が強く内省的なので、感覚や反応が内側で反芻されるからなのかもしれない。

ただ、そうだとして妙なのは、知ってることの繰り返しが異常に嫌いだということです。無意味だと思われる繰り返しや作業を全力で嫌うのです。全力で。なんでなんでしょうね。甥っ子は漢字の練習を嫌っています。あの、何回も書く練習ね。ぐだぐだに脱力するほど嫌いなんです。気持わかる。
私は暗記が大嫌いです。というか断固拒否します。歴史の年号の暗記とかね。そんな情報には意味がないと思うので!車のナンバーも覚えられません っていうか覚える気が毛頭皆無なのです。絶対覚えたくない…なんでだ。
何故なのかわからないけど、「(新しい)意味がない」と思えることをするのは、心底から嫌いなのです。「新しい意味がないこと」が面白くないのは仕方ないとしても、全力で避ける理由にはならないと思うんだな…。自分でも理由がわかりません。

ちなみに自分の携帯など、いくつかの電話番号は覚えてますよ!でも…たまに忘れます…っていうか今この瞬間も…思い出せん。



ギフテッドと障害?


ギフテッドとは何なのかはよく分かっていないようなので、それは自閉症スペクトラムの一部ではないかという考えもあるっぽいです。2Eと呼ばれる、才能と障害を併せ持つ人たちがいるそうですが、それがギフテッドと重なるのでは…と。
しかし 私は(ギフテッドではないかと考えられる)自分と家族は、自閉症ではなさそうに思います。どちらかといえば多動性障害の感じはあるかもしれない…と思うけど。

自閉症とか多動性といったものも、ものすごく難しい分野ですね。
実はうちの甥っ子、長男がギフテッドのようなのですが、次男は自閉症傾向なのです。二人は、びっくりするほど全然違います。兄弟なのにね~。
弟くんは、自分の中にものすごいこだわりを持っていて(特に計数…100まで数えることに固執するなど)、一つのことに諦めることなく継続し集中します。他人の意見を気にすることなく、自分の確固たる世界を持っているようです。誰にも左右されず、自分の価値観を持ち人と比べることなく満足し、天真爛漫で、ものすごくマイペース。妙なところで頑として譲らず、しかし理由を語らない、語れない。 これはこれでママが苦労してるみたいですけども、自閉症と診断されるには至っていません。

自閉症のことは詳しく勉強していないので私にはあまりわからないけど、あらゆる人にそれは薄く広く広がっている気質なのではないでしょうか。生活に支障が出るくらいになると病気として診断されるけど、支障がないレベルでは個性とみなされる。多動性も、ギフテッドも、たぶん全部そうだと思います。誰でも持っている能力、誰でも持っている個性、その強さが違うだけなんじゃないでしょうか。

2Eと言われる人たちこそ、私は天才と呼ばれるに相応しい、天賦の才だろうなあと常々思っていました。私にとってそれは「努力の才能」のように見えていました。一つのことにだけ集中しずっと継続する、その才能!!
私は努力ができない…と自覚しています。だから、天才には絶対になれない、と思っています。

うちの甥っ子二番目くんは、私から見ると素晴らしい天才です。輝く宝石か天使の賜物のように思います。
他人に左右されない価値観は、まさに天衣無縫で無垢な、天からの賜り物じゃないでしょうか。

とにかく、明らかな障害があることがギフテッドの要件とは言えないんじゃないかと思います…。



ギフテッドは天才ではない


このような特徴を考えてみたとき、ギフテッドは一般にいう「天才」ではないことは間違いないと思います。
一般に日本語で「天才」と呼ばれるに至る偉業を成し遂げる人は、こういう人の中から生まれることはあるんだろうけど、この気質を持った人がみんな偉業を成し遂げる・天才と呼ばれる、ということはないだろうと。
むしろ、やる気がない・面倒くさがり・理屈っぽい・不安・神経質・憂鬱など、悪い面のほうが出てしまって、大成するどころか、ダメなやつになるケースが多いんじゃないかと…私がそうだからだけど、そう思いました。
ギフテッドは鬱になる確率が高いとか、自殺率が多いのでは?というウワサもあるみたいです。それは、単に人と違っているから…というだけではなくて、ものの感じ方が、内向的でくよくよしがちだからってのも、あるんじゃないのか…という気もします。

また、この本の帯にあるのですがギフテッドは稀有な存在ではなく、10人に一人くらいは可能性があるらしいです。アメリカ教育省の調査では7%がギフテッドだった、一部のセグメントで10%を超えていたとのことなので、むしろいっぱいいるのだと思います。
いっぱいいるけど、10人に一人が偉人になってるわけじゃないですよね。10人に一人いるものを日本語で「天才」と言ったりしないよね。
だから、ギフテッドは「天才」というよりも、気質であり、むしろ端的にいうと「神経質」ってことでいいんじゃないかとさえ思います。あるいは、「変なやつ」みたいな。たぶん、子供の頃はすごい回転が早くて利発な子供に見えるんだけど、ある程度大人になると 空想がちな変なやつとか、神経質で気難しいやつとか言われるんじゃないかと思います。

しかもどうやらギフテッドは遺伝するようです。解明されてるわけじゃないみたいですが、少なくともうちは確実に似た気質なのですよね。祖母・父・私・甥が、ほんとによく似ています。家族内であってもこのくらいの確率で(我が家で見るには30~50%)遺伝する限り、ギフテッドは珍しいものではないと思います。
特徴は、神経質で内省的、飲み込みが早いが悲観的…ってかんじ。私にとっては、強迫神経症気味で心配性…、依存症になりやすい…という悪い気質のほうが目につきますが…、いい面を見ると、主に創発的、リーダーシップ、理解力、洞察力・共感力・推理力があり、コールド・リーディング的な才能がある、などと言えるかと思います。私はあんまり…いい才能は活かせてないと思うけど。

ただ、ギフテッドがいわゆる天才じゃないとしても、特別な教育を与えたほうが良いのではないか…という気はします。普通の学校の、暗記型教育は、とにかく本当にツライのです…。興味が持てないし…やる気が出ないです…。しかし、ほとんど聞いてなくても点数は取れるのです…。 だから、学校でサボり魔になることが多いと思うんですよ…。じっさい私もそうだったし。 結果、やる気を出さないのが常態になってしまうんです。何か才能があってもやる気を出さなきゃ、何も出ないのです。
自分でも思うんです、「自分は努力ができない」…と…。 私は努力できる人のほうが優れていると思うので、努力できるようにしてあげる教育が、ギフテッドには必要なのではないかと…思います。
まあ、すべての子供にとって面白い授業なんかできないんで、諦めるしか無いかもしれませんが、とりあえず、現在の学校の教え方はギフテッドにはかなり合っていないのは間違いない…と思います。

自分の体験としては、学校の通常の授業は簡単すぎて面白くなかったのですが、たぶん高度なものになるほど、興味を持って取り組んだ気がします。おそらく、本来の学年より上の学習のほうがやる気出すってことなんじゃないかな?
…ただ、学校のお勉強を先まで勉強すると問題があるっていう説もあるみたいだから、学校で勉強しないことで高度な勉強をさせるとかのほうが良いのかな?
結局、前述のアンスクーリングのように、自分で興味のある学習課題を選び、自分で計画して学習するっていうのが一番面白いんじゃないかと、思います…が…。それで努力できる子になるのかどうかはあやしい…気が…する…。




ギフテッドは育てにくい


前述の通りうちの甥っ子がたぶんギフテッドなんですが、ママが困っていました。
子供らしくない」と。
内省的で人の顔色を伺う、神経質で気分が沈みやすい、オトナのように分析的で考えすぎる、退屈しやすい。他と比較するため、劣等感を持ちやすい。集団の調和を保つため我慢をして、ストレスを抱え込む。感情にオトナのように複雑な抵抗があって、天邪鬼になったり、一筋縄ではいかない。
親御さんには、難しい子供なのかもしれません。

この本もそういうことを言っています。そして

親の辞書に「面倒くさい」はない


という格言が書かれています。
親としての役目を面倒臭がるなってことらしいです。
裏を返せば、手がかかる…ということかもしれませんね。


こうしてギフテッドとその教育を俯瞰して見ると、ギフテッドに限らず、「教育に正答はない」ということに尽きるように思います。
確実な方法はなく、確実な結果もない。
教育に結果を求めないことが、大事なのではないでしょうか?
未来は、ひとの手に負えるものではない。先生やママの教育だけで人間が完成されることはなく、たとえばテレビでもマンガでも友達でも、天気でも風土でも、多くの偶然を含むあらゆる影響で、人間は形成されていきます。

だから「天才を育てる・才能を見つける」というのは、大人のエゴである、と思います。
結果を求めている。
天才も才能も、ほんとうはただの個性でしかなく、それが社会に役に立ったときにだけ天才とか才能と言われる。社会の役に立たなかった才能は、もったいないとか無駄づかいとか言われるけど、本当にそうだろうか? 社会だけが絶対の価値基準、究極唯一の審判者なのでしょうか? 個人は社会の役に立つことを至上命題として生まれて来るのでしょうか?
私は違う気がするな~。

私が観察するには、ギフテッドは、概念や規則を知りたがる。それは社会の役に立つためではなく、それを楽しいと思っているからじゃないだろうか。少なくとも私は楽しい。別に社会のお役に立てなくても、楽しめれば、いいんじゃないのかな?
楽しむことが出来る人間に育てる、それでさえ、いや、それこそが難しいことでしょうね。
それだって、結果を求めていることだし。




ところで この本に書いてあったんですが、「ギフテッドにはギフテッドの友達がいるといいらしい」とのこと。
…私にはたぶん、ギフテッドの友達はいないような気がします…。
確かに私も、「考え方の違い」によって劣等感を持っていました。
同じタイプの友だちがいると、そういうところが緩和されるのかもしれませんね…?



でもねー、自分がギフテッドらしい?と分かっていろいろ調べてみたらすごく納得しました。
あーそっか、やっぱ自分は変だったのだな…と。
いろいろなことに疑念を覚えていたのは、自分が生まれつき変だったから、と思えば、仕方なかったんだなと諦めがつく…気がしました(笑)
…ギフテッドの子には、人間にはいろいろ個性というものがあり、自分もまた個性的で人と違っているものだということを、どこかのタイミングで教えたほうがいいのかもしれません。劣っているからではなく、個性によって、違うってことを。



才能の見つけ方 天才の育て方~アメリカ ギフテッド教育最先端に学ぶ
著:石角 友愛



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